2025年ラスト登山‐絶景6座目_雨山山&雨山城址 後編

本日はもう一度ヤマレコを試してみるためどこかの低山に登りに行こうと画策していたら、リョータが発熱で週末の予定が全て危うくなってもやもやしているまろぱぱです。
今日は午前中ソースケが部活の練習試合で、18日までの入場券を持っている名古屋のゴッホ展は18日(日)に行くことにして、空いた土曜日に山登りかと思っていたのですが・・・
もうリョータも成人だし自分で何とかできるかと思いますが、万が一インフルエンザとかコロナだとしたら誰かが付き添って病院に連れて行かないといけないし。
なので、もしインフルエンザとかだった場合は、ゴッホ展チケットが無駄になってしまうので私と奥さんで2班に分かれて見に行ってくる予定。1枚チケットが余るので、シオリの友達か誰かを誘って。
お願いだから明日の朝にはリョータの熱が下がっていますように・・・
ということで、限りなく危うくなってきた山登りですが、山ネタが貯まってしまう前に終わらせようと慌てて書いていた2025年最後の山登りレポの続き。
何とかこれで完了させてしまいましょう。
イントロはこちら
頂上までの前半はこちら
こんな感じで天気も良くて展望の良い頂上で最高の昼ごはんを頂くべくいつものカップ麺

やっぱり山の上で食べるカップ麺は最高ですな(^^)

三河湾から渥美半島まで見渡せるこの展望でカップ麺やおにぎりが何倍も美味しくなります♪
更にアップで撮影すると豊橋市街の更に奥に渥美半島を超えて遠州灘の太平洋まで見えました♪

これは素晴らしい♪
思わずおろしたての我々のザックを並べて記念撮影をしてしまいました(笑)

カップ麺とおにぎりでお腹も満ちたら体が冷える前に下山。
上ってきた方とは違うルートで下ります。

木々が伐採された跡の横を通って下っていきます。

まっすぐ下りて右に曲がる道なりに進んで行きます。

すると少し登って分岐点に到着

こっち側はあまり展望が良くないので向こう側の方が上りでは正解かな。

ここから登ってきた道を下るのですが、舗装路を過ぎたらやっぱり結構がっつりな上りに(-_-;)

途中で登ってきた道を逸れて、別のルートを通って雨山城址へ向かいます。
こういうのが確実にできるのも登山アプリのおかげですね。

本当にこの道であっているか紙地図だったらなかなか厳しかった。

ちゃんとこんな看板が設置されている場所ばかりではないので。

この標識で安心して下れるのは間違いないですが。
でもこちらは今見ると分かりづらいな(笑)

行きたいのは雨山城址なのでこの標識では右になるのかな?
さらに下っていくと登り返しが現れてそこを上っていくと、何やら開けた空間の雰囲気が近づいてきます。

雨山城址が近そうです(笑)

のろし場があるなら城址は間もなくだと思っていたら、森が開けて・・・

雨山城址に到着

よくぞこんな山奥に城を築いたものだとひたすら感心。
集落があんなに下に見える・・・

北方向を振り返ると雨山山の山頂があんなに遠くに見えます。

ついさっきまであそこに居たんだな~

アップにするとトイレがやたらと目立つ(^^;)
どこかで雨山山頂にはハイジのブランコがあるような画像があったのですがさすがにもうないのかな?
雨山城址というくらいだから何か遺構が残っているかと思ったけど目立ったものは見つけられず・・・
ここから下山再開ですが、城が造られていたくらいだからこの後の登山道はたかが知れているだろうと思っていたらここからの下りがまあ大変でした。

本当にここに城を作ったの!?というくらいの急斜面・・・
確かに山の上に城を築く目的は敵の侵入を防ぐためなんだからなだらかな場所には作らないですな(^^;)
途中に土塁か何か遺構らしいものがある標識が出ていましたが、斜面が急すぎて行ける気がしなかったのでパスして登山道を下ります。
ここからも激しい下りが続くのですが、こんな物が現れ本当に城址だったんだと実感
「なぞ石2・・・誰が何のために石を並べたのか不明」とあるけど、ただの自然石じゃないの?(^^;)

しばらく下ると、なぞ石1も登場しこちらにも同じ文言が・・・

本当に城関連の遺構か!?ただの自然石にも見えるのですが(^^;)
それにしてもここは本当に急坂です。

なぞ石の順番でも分かるように、本来はこちらはメインの登りルートで、私らが登ってきた方が下りルートなのかなと。
こっちを上ってたら結構しんどかったな。
このルートにはこんな小さい祠もありました。

この山の近所の方が作った雨山合戦で亡くなった方を供養をするための祠だそうです。

こんな寂しい山奥で命を落とすって戦国時代はやっぱり過酷ですね・・・
こうして急な下り道を降りていくと下界の気配が近づいてきましたが、まっすぐ下りていくと民家の庭に出てしまいそうだったので少し遠回りしてこんな斜めの登山道を行きました。

かろうじて踏み跡が残っている・・・

そしてこの登山道の下には雨山城址の遺構か、単なる獣避けか不明ですが、土塁が築かれていました。

元気があれば調べてみたかったのですが・・・ヘロヘロで気力なし。
こんな罠があったのでたぶん獣避けの土塁ですね。

城の遺構にしては城から下にあり過ぎる。
そしてようやくメインの登山道っぽいところに合流

ちょっと遠回りのようですがこちらの方がなだらかな感じです。

よく見ると我々の下ってきたルートが近道って書いてあります。
そしてようやく車で通ってきた道路に到着し下山完了

この登山道の終わりにある標識が完全にここが登り口だと示していました(^^;)

そして道路を挟んだダム湖側にはこんな石碑が

織田方と今川方に分かれた戦いがあったようですね。

愛知、静岡は国境だったのか本当に有名な武将同士が戦った古戦場が多い。
この近くだと、武田勝頼と織田信長、徳川家康連合軍が戦った長篠・設楽原の戦いとか、武田信玄と徳川軍が戦い信玄の最後の戦となった野田城の戦いとか、織田信長と今川義元が戦った桶狭間の戦いとか、徳川家康と豊臣秀吉が戦った小牧・長久手の戦いなどなど・・・
戦国武将好きにはたまりませんな(笑)
奥三河の山には戦国時代の戦いの痕跡が結構残っているのでそれを辿って歩くのもまた楽しいかも。
さて次はいつ山に登れるかな~
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