2026年8座面~湖西連峰富士見岩(前編)

強烈な寝違えをやらかして、しかもマッサージや筋膜リリースガンで直そうとしたら更に凝り固まって非常につらい状況に陥っているまろぱぱです。
寝違えってどうやって直すのがベストなんですかね?
Copilotさんに聞いてみたところ答えは?
✔ やるべきこと(急性期:発症〜48〜72時間)
- 首を動かさない・安静にする 痛い方向に曲げるのは厳禁。楽な角度で固定する。
- 患部を冷やす(アイシング) 1回15〜20分、1日数回。冷やしすぎは逆効果。
- 湿布(消炎鎮痛剤入り)を使うのはOK 急性期の炎症を抑える目的で有効。
❌ やってはいけないこと
- 強いマッサージ・無理なストレッチ 炎症を悪化させる。
- 急性期の入浴・温める行為 血流が増えて炎症が強くなる。
- 痛みを確認するために首をひねる これも悪化要因。
だそうです(;'∀')
やってもた~~~ダメな事全部やっちゃってるじゃん(-_-;)
ということで、色々首は回りませんが、頑張った週末土曜日の低山登山の詳細レポ行きます。
イントロはこちら
今回も写真ばっかりの無駄に長いレポになります(^^;)
起きたのが10時過ぎで出発は11時くらいだったのですが、前日に買い出しはしてあったので飲み物を追加したくらいで登山口の駐車場に現着
出発はおちばの里 親水公園

こんな管理棟まであって暑い日だったので水遊びに来ている家族連れも多かったです。

準備完了して出発

こんなミカン畑の間の道を行きます。

少しだけ舗装路が続いていましたが、登山道に入った途端この雑草まみれ道に。

荒れてるのかな~登山道・・・と思っていたら次は水が流れる泥道に・・・

登山靴新品なのに・・・(-_-;)
雨が降ったらここは川のようになるんでしょうね。
でも登山道はちゃんと整備されていてとても歩きやすい♪
標識もしっかりしていて安心感があります。

右の不動滝へは行かず左の登山道へ進みます。

木の根が沢山表面に出ていてちょっと歩きづらい。
徐々に斜度もきつくなってきて息が上がります。

さらに進んで行くと、前方が明るくなってこんな道標が。

右も左も豊川道です。
豊川道とは?
湖西連峰(静岡・愛知の県境)を越える歴史の道
静岡県湖西市側では、豊橋市や豊川市方面へと抜けるために山中を越える古道が「豊川道」と呼ばれていました。
- ルート: 湖西市側の「おちばの里親水公園」から大知波峠(おおちばとうげ)を越えて愛知県側へ至る街道です。
- 歴史: 浜名湖周辺の人々が豊川稲荷へ参拝するため、あるいは生活物資を運ぶ交易路として使われていた歴史があります。現在ではハイキングコースとして整備され、「長彦(ながひこ)自然歩道」とも呼ばれています。
木々がまばらになって・・・

広く伐採された一帯が現れます。

ちゃんと植林して次へつなげて欲しいですね・・・杉、ヒノキ以外で。
この伐採地帯の周囲を登山道がぐるりと囲む形で通っています。

斜度はそれほどでもありませんが、この時期は日差しが当たるとやっぱり暑いです(^^;)

森の木陰が恋しい。
しばらく行くと林道に突き当たります。

こんな砂利道を少し歩きます。

そしてここから再び登山道へ

歩きやすい登山道らしい登山道です♪

相変わらず木の根が多いですが、斜度も少なく歩きやすいです。

ここから少し進んで行くと炭焼き窯の跡が現れます。

この辺りに住み込んで炭を焼いていたのかな?

こんな山奥で・・・究極のアウトドアですな。
更に良い感じの山道を進みます。

途中、鍋割の水と面白そうな水場がありましたが、だいぶ下に降りるのでパス

等高線に沿うように徐々に登っていくのでそこまで辛くはありません。

でもやっぱりずっと登りはしんどいな~(登山ですから!)
更に進んで行くと森の終わりが見えてきました。

何やら看板が立てられていますが、それにはこんなことが書いてあしました。

豊川道の説明で出てきた、国指定史跡「大知波峠廃寺跡」の指定区域だそうです。
大知波峠廃寺跡とは?
湖西連峰の山中にあった幻の山寺
現在の大知波峠廃寺跡の様子
大知波峠廃寺跡は、浜名湖北西部の湖西連峰の大知波峠(標高約350m)に位置する、10世紀中ごろから11世紀末頃に栄えた山寺の遺跡です。大知波峠廃寺跡に関する古文書や言い伝えは残されておらず、文献に出てこない「幻の山寺」です。
平成元年(1989)から7年間にわたって湖西市教育委員会が実施した発掘調査では、広さ約3.7haの緩斜面から、合計12棟の礎石建物跡や池跡、通路跡など、寺院に関連する多くの遺構が見つかっています。
調査の結果、大知波峠廃寺跡は以下の3つの時期を経たことがわかっています。はじめに、大知波峠の地が利用され始めた8世紀後半の時期、次に、10世紀中頃から11世紀前半に建物が整えられた後寺院が一度廃絶を迎える11世紀末までの時期、そして、一度廃絶した地に再び小さな堂がたてられる12世紀後半の時期です。また、調査では灰釉陶器※や緑釉陶器※といった平安時代の遺物が大量に出土しており、墨書土器※も多数見つかっています。
出典 https://www.city.kosai.shizuoka.jp/soshikiichiran/kanko/1_2/bunkazai/11822.html
ここを目的地にしてこの遺跡をじっくり見てみたかったかも。
森が開けて峠への道が続きます。

峠がようやく見えてきました♪

なんだか森を抜けて草原の道を歩いていると、ここにかつて立派な寺院があってしかもその記録を記した文献もないというミステリアスな場所だということが信じられないくらいさわやかな雰囲気です。

まあその時はそこまでの場所だとは認識していませんでしたが(^^;)
とても広い空間で景色も最高でここで昼ごはんを食べたい衝動にかられますが、やっぱり頂上で食べたいので我慢します。

下界の浜名湖がよく見えます。

景色を眺めながら、かつてここにあった寺院に思いを馳せます(嘘)

でも、こんな遺跡を見ると立派な建物があったのが想像できます。

六角堂かな?それとも五重塔?

他にはどんな建物が建っていたのか誰か研究して解明してくれませんかね?
後で文献を探してみようかな。
そしてこの遺跡の頂上には大知波峠があって、今は豊橋自然歩道の一部となっています。

この豊橋自然歩道の尾根道に沿って並ぶお地蔵様群が森の入り口まで続きます。

お地蔵様は多分新しいものですがちょっと不思議で個性的なお顔をしています。

スターウォーズのマスターヨーダ?グローグー?

う~ん、悟りを開いている・・・一つ一つ撮影したかったけど先を急ぐのでいつかまた。
ということで、写真ばかりで非常に長くなったので後編に続く
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